高島市 移住者インタビュー・豊かに暮らす人達

縁って不思議なもので、必要な時に必要な人がちゃんと現れるようになってる、と私は思います。

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京都市山科区から高島市畑地区に移住された橋本昌子さん。持ち前の行動力で棚田ジャムの生産を始めるとともに、古民家宿泊施設棚田ハウスの運営をしています。農家民宿棚田ハウスの取り組みは、高島いいモノ・いいコトグランプリ2018の最優秀賞に選ばれました。橋本さんが考える、移住者にとって大切なものとは?

橋本昌子さん 橋本昌子さん
棚田の航空写真
  

高島市畑地区との縁

-高島市に縁ができたきっかけは?-

京都市の山科で花屋をやってました。店は私ひとりで切り盛りをして、旦那は会社勤めですよ。儲からないんだけど、自分のやりたいことをやらせてもらってたという感じ。でも主人が病気をして、定年してから自由なことをするよりも、元気なうちにやりたいことをやりたいと言い出して。

私は反対だったんだけど、ドライブがてら見に行こうということで、何箇所か回ったんです。それが2005年。色々な所を見に行ったんだけど、たまたまネットのサイトでここが紹介されてたんです。棚田が綺麗だったこともあって、じゃあ一度見に行こうかということで見に来たんです。

ここは高島病院がすぐそこにあるし、もう少し足を伸ばしたら大津第二日赤とかもあるし、そういう何かあった時のことは考えましたね。ここって田舎なんだけど高島駅から車で10分で来れるんですよ。それと景色が良かったのと、その頃はまだ集落に元気があったし。そんなことでご縁ができて、こちらに週末住むみたいな形でスタートしました。

 

-畑の現状-

若い農業女子とか、若い家族で農業しようっていう方、有機に目覚めたとかっていう方が結構いはって、何人か見に来はったけど、猿とかの獣害がきつすぎて。 農作業のお手伝いならできるということで来てた人もいるけど、土地の持ち主が、手伝いじゃ負担は変わらないから、全部やってくれるんなら貸してあげるって言ったら、結局誰も来なかった。

やっている人達の年齢も上がってきてるでしょ?10年前は70歳やった人が今は80歳でしょ?最近関わるようになってからよく話を聞いてみると、機械も傷んでくるし、その機械を買うのにも結構な金額がいるし。大型機械が入らへんのね。

 

今この集落には子供が一人もいないんですよね。来た頃はまだみんな集団登校でバスで通っていてね。移住しようと思っても、子供が自分の子供だけ。他に子供がいないっていうことも厳しいですよね。

一番最近では3年前に移住されて来られましたね。でもその方も定年後に来られ方で、お子さんがおられるわけではないんですよね。やっぱり子供がいてここで生活していくのは厳しい。リタイアしてのんびり田舎暮らしみたいな人じゃないと厳しいね。厳しくなかったらもう少し来てると思う。

 

それに、田舎の家ってなかなか貸してもらいにくいんですよ。私らがここを何の条件もなく貸してもらえたのは、10年いたから。繋がりがあったからだと思う。

-畑地区の皆さんの反応はどうですか?-

他の地域でも集落によっては厳しい所もあるし、畑地区も難しいかなと思ったんやけど、棚田百選にもなってて、観光客とか棚田オーナーを受け入れてるからか、結構ウェルカムな感じなんですよね。畑の方は新しいことをする、自分が先立って何かを始めるっていうのは苦手だけど、協力はとても惜しまずにやってくださる。

店長

棚田ハウスの店長

やってみて思ったのは、みんな私がやってることに興味を持ってくれるし、とても協力的なんです。今畑楽会っていうグループで活動してますけど、皆さん協力的ですよ。

 

田舎だから、悪気はなくても、どこ行ってたんとか、そういうことはありますよ。でも私達でも、後から入ってきた人とか 今週は来てはるなって思って見るじゃないですか。過敏になったら難しいかも。同じことをされても気になる人と気にならない人がいるので難しいですね。受け取り方だと思う。

-橋本さんにとって畑の魅力って?-

 

棚田の美しさでしょ。山間部でありながら高島駅まで10分少しで行けるというのと、水と空気がきれいで何もないことが逆に魅力。

だってここでやりだした頃って何を料理に出そうかって色々考えたんだけど、お客さんが一番喜ぶのは白いお米と、味噌汁と畑漬。発酵ブームだからか、結構畑漬って興味を持たれる方が多いんですよ。今日も漬け方を教えてっていう人が来たくらい。

美味しい物ってみんな都会でいっぱい食べてるんですよ。一番素朴なものがいい。田舎はお金がいらない。食べるものがなくなったらその辺の草でも何でも食べる。だって春は山菜の宝庫でしょ?柿やら梅やらゆずやらあるし、贅沢しなかったら暮らしていける。当時はインターネットもできなかったけど、今は出来るし。

棚田ジャムと棚田ハウス

-棚田ジャムのきっかけ-

棚田を見に来る人は、写真撮ってパタパタっとして帰っていくっていう感じで、ゆっくり腰を落ち着けて座るところもないし、ジュース飲みたいなって思っても売ってないし、というところがスタートです。

以前田んぼだった土地の所有者から、お金いらんし、何作ってもいいから借りてって言われたのがきっかけなんですよ。棚田オーナーの時に頼まれていたジャムが結構好評だったので、ジャムとかだったらブルーベリーの木とか植えといたら活性化できるんかなあという甘い考えで。それでブルーベリーを20本買って始めました。

ジャムは棚田っていうブランドと、自然のものということで東京方面からはよく引き合いがあるんですよ。扱いたいとか、紹介したいとか。だけど一人でやってるから手が回らなくて。数が揃うまで待ちますとは言ってくれるんだけど、原材料もここで取れてるものだけだから、お断りを何回かしたくらい。

棚田ジャム1

棚田ジャム

棚田ジャム2

棚田ジャム

-棚田ハウスのきっかけ-

そうこうしてるうちに外部の人たちが畑って残していきたい風景だよねっていう話になって、グループに入ってってやり始めたんです。グループでディスカッションして、飲食ができるところがあったらいいなっていう話になったんですよね。

畑には交流館という市の施設があるから、そこを使えばという話も出たんだけど、色々なハードルがあったりして。そうたら地区の重鎮の人が 間に入ってくれて、この空き家を貸してもらえることになったんですよね 。

10年も住んでなかった家だからひどいことになってたけど、改修も自分たちでしたんですよ。今年の4月で丸2年になります。

-この棚田ハウスの稼働率は今どのぐらいですか?-

宿泊は年に5、6組。収入の多くはほとんど体験イベントかな?でもいいの。1月に1組あれば十分。だって、私のんびりするために田舎に来たんだもん。そりゃあこれで生活していこうという人だったらそれだけの売上を上げないと大変。もっと利用してもらえないと無理だと思うけど。あんまり忙しくても大変でしょ?

体験イベントは、味噌作り、春の山菜採り、クリスマスローズ作り、私昔花やってたから、ここで展示会もしたりとか、そういう方がやってても楽しいかなと思う。ここをもっとみんなに知ってもらいたいということでは、その方が広がっていく。

棚田ジャムと棚田ハウスのこれから

棚田ジャムだけの時は結構頑張ってマルシェとか行ってたりしてたけど、棚田ハウスもするようになったら、もうわらじの履きすぎで、この2年は棚田ジャムはほとんどここに来て売ってほしいという人にしか売ってない状態。

今は棚田ハウスを軌道に乗せられたらって。ゆくゆくは誰かがこの棚田ハウスをやってくれるのが一番。だけど今誰かに任せたところで、生活していけないと無理でしょ?できれば農家民宿やったら体験型やから、それこそ摘み取りして、ジャムを作ってみたいな体験とかしていきたい。

それでリピーターが来てくれて、そのリピーターがまたお客さんを呼んできてくれてというようになるといいな。そのための資源でもあると思ってる。楽しいから儲からなくてもやってられるし。

でもね、棚田ジャムから棚田ハウスに来たから良かったんちゃう?ていう人もいるし、私にとっては、棚田ジャムが母体です。

高島市の印象

 

-高島市に住んでみてどう感じていますか?-

京都にすごく近いし、食べるもの美味しいじゃないですか。海のものは小浜に近いし、湖魚はあるし、野菜は美味しいし、近江牛もあるし、食べるものは美味しいし。アピールが下手だなって思うね、高島の人は。

東側の人はその点上手だなーって思う。近江商人っていう言葉は東の人の為にある言葉で、ここって扇骨は安曇川の産地、雲平筆って言う筆もあるし、京都の美味しいもの、聖護院かぶらでも何でも、作ってるのはこっちやし、だけど全部影武者?高島は京都の縁の下の力持ちだと思っている。

住みやすいからだと思うんだけど、京都の芸術家の方がたくさん来てはりますよね。素材的にはいいものがたくさんあるので、農業するにもいいし、芸術的なことを始めてみるのでもいいし、やりたいことがやれる所だと思いますよ。

高島市は移住支援の取り組みもよくやってますよ。移住のセミナーとかもやってるし。でも、融資とか補助とかも調べたら多くは若い人が対象。そこは何とかして欲しいね。

棚田ハウス内部1

棚田ハウス内部

棚田ハウス内部2

棚田ハウス内部

-高島市には結構そういう人と知り合える機会がある?-

高島市では雇用促進のためのセミナーとかもよく開催されるので、なるべく顔を出すようにして、色々な人達と知り合うことが大事かなと。セミナーに参加したり、facebook とかでできたお友達って結構多いんですよ。

一人じゃ考えられないことでも、グループでやれば助け合えるし。私がこんなこと始めたから目につくかもしれないけど、高島市って色々なことをやってみたいっていう人が多いんじゃないですか?移住して来た人も結構いらっしゃいますよ。

住みやすいからだと思うんだけど、京都の芸術家の方がたくさん来てはりますよね。素材的にはいいものがたくさんあるので、農業するにもいいし、芸術的なことを始めてみるのでもいいし、やりたいことがやれる所だと思いますよ。

縁って不思議なもので、必要な時に必要な人がちゃんと現れるようになってる、と私は思います。だから色々話を聞いてたら、えええって思うような縁を感じたり、たまたま家のお隣さんは、私の下宿してた時の町内の方だったりとか、縁て不思議なもんですね。

-橋本さんから、移住を考えている人たちに対して何かアドバイスとかありますか?-

世代にもよるけど、まあやってみなはれみたいな(笑)。若かったら取り返しがつくし、何をしてもマイナスにはならん。こんな経験、何の役にも立たんなと思うような若い頃の経験も、今となってはあーこれしてたからできるんだわっていうような。私は美術系の学校に行ってたので、そこで習ったことが役に立ってるし、カメラもフィルム現像からしてたので、そういう事も役に立ってる。だからやってみたらって。

何でもやってみないと、自分が何に向いてるか分からない。私なんて未だに自分が何ができるんやろうって思っている最中です。

家族連れで移住してみて、しんどいこともあるかもしれんし、家族がいるから助け合えることもあるし、一人だったら一人で自分で全部決めて一人でやれるから自由やし、やってみたいなと思ったことをやってみたらいいんじゃないかなと思う。

私のポリシーかもしれないけど、見る前に飛びましょうみたいな感じで、やってみなはれって言うか、やってみないと分かりませんやろって。失敗したってまだ取り返しはつくし、何をしてもマイナスにはならへんかな。それはその人の財産になる。何をしても無駄なことってないなーって思う。

-高島って色々チャレンジするのはやりやすい所なんでしょうか?-

高島市はチャレンジがしやすいんじゃないですか?物価が安いし。湖西線があって、京都まで近いし、電車だったら一時間半で大阪まで行っちゃうでしょ?だからそんなに距離的にもハンデにはならないしね。結構面白い店が増えてるよ。